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夢の欠片 弐 私の声

 深いまどろみの中、誰かが歌っている。夢の中、黒い映写幕には何も映し出されていない。ただ、清らかな歌のみが、闇の彼方より響き渡る。
 あなたは誰? どこにいるの?
 歌はやがて、気泡が弾けるように突如として消えた。私は暗闇の中、耳を澄ます。あの美しいソプラノの声を探して。
 目の前には何もない。かつて彼女の歌声を誘ったはずのピアノも、その姿を消している。
 口を開く。のどを震わそうとする。しかし、声は口元という檻から出るのを拒むかのように出ない。
 ああ、そうか。私は声帯が壊れているんだった。
 自らの意思を伝えるすべは、あの黒と白の鍵盤だけだった。それだけが、私の心の声を届かせる唯一の口。ピアノがなければ、私は人形と同じ。
 孤独な日々。私の友達はピアノだけ。でも、その友達も死んじゃった。
 夢だよね。私は夢の中にいるんだよね。そうだと言って! 今にもこの闇ははらわれて、あの美しく黒い友達が迎えに来てくれるはず。あの子がいなくなって、私はどうすればいいの?
 暗い。暗い。助けて。
 漆黒の地面にうずくまる。自分の肌すらも包んでしまうかのような深き闇に、涙が一滴零れ落ちた。
 その雫は闇の水面を波のように揺らす。池に小石を投げ入れたような波紋は、途切れることなく、どこか遠くに振動を伝えていた。
 やがてそれに答えるかのように、あの少女の歌がかすかに聞こえてくる。私のピアノが歌っているような、そんな優しい歌。それほどに美しい声。
 あの声は……
 うん。覚えているよ。忘れるはずないでしょう。
「ほら、一緒に歌おう」
「でも私には声が出せない」
「出ているじゃない」
「あれ? 本当だ……」

 そこで夢は終わった。珍しく、頭の中に鮮明に刻まれた夢だった。
 目を開けると、目の前には、いつもと変わらぬ黒の友達の姿。そっと割れ物でも扱うかのように、鍵盤のふたを持ち上げる。
 両の手を添える。しかし音は出ない。私の手は固まったように動いてくれなかった。
 あれ、どうやって私は歌ってたんだっけ?
 何とはなしに、窓のほうを見る。大きな出窓の間を立ちはだかるような大木の枝葉。その隙間から木漏れ日が差し込んでいた。傾いた日はほのかに赤く、随分の間、昼寝をしていたことを教えてくれる。
 ピアノと私だけの部屋。他のものは一切ない空虚な私の城。
 音はない。世界中のすべてのものが死に絶えたかのような静寂。
 私は今も、あの雨の日の少女の歌声を探している。いつも私の演奏に合わせて、空を震わせてくれた彼女の声を。
 つい数日前、突如として彼女の歌は聞こえなくなった。
 その日からだ。私の声が、本当に出せなくなったのは。

 ああ、せめて夢の中だけでも喋らせて。
 あれ? 喋っていたよね、私。でも、どうやって喋ってたんだっけ。
 そうだ、彼女が目の前にいて、そのときに声が届いた。
 でも今は、夢の中にも彼女の姿は見つけられない。
 深い深い闇の中。私は一人ぼっち。
 唯一の友達は、黙り込んだまま目を覚まさない。
 私は今も、幻のような少女の姿を探している。

 現の中で。

 夢の中で。

 いつしか愛おしく思えた、見たこともない美しきソプラノの君を。
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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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図書館の住人

樹


好物:百合、ファンタジー
傾向:眼鏡キャラ、マイナーキャラ

好きなカプは、ひだまりスケッチは沙英夏目、なずのり、マリみては蔦笙、けいおんは唯和、ストパニは渚玉、などなど。

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